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写真: Jim Petkiewicz(Unsplash)

エッセイ

健康で文化的な最低限度の生活とは何か

2026年10月8日9 分

日本国憲法第二十五条は、二つの文でできています。第一項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」第二項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」(日本国憲法 第二十五条)。一方は人が持つ権利として書かれ、もう一方は国が負う努力義務として書かれています。この八十年、二十五条をめぐる議論の大半は、その二つのあいだにある落差についてのものでした。

私たちがここから始めるのには理由があります。この運動が言っているのは、人をはかる基準を、収入から、その人が他者に与えたものへ移そう、ということです。けれど、来月をどう越えるか分からない人に、その問いを差し出すことはできません。差し出せば、問いは問いでなくなります。食べるための条件に変わってしまうからです。土台は、称える文化が管理の仕組みに変わらないための歯止めです。だからこそ、無条件でなければなりません。個人の側から見た議論は「息をつく余裕」に書きました。ここでは社会の側から書きます。

効いているのは「文化的」の三文字

二十五条から「文化的」を取ると、残るのはカロリーと屋根の約束です。入れておくと、約束のかたちが変わります。文化的な生活には、友人の家まで行くバス代が入ります。子どもの修学旅行の積立金や、親戚の葬式に出るための交通費も入ります。どれも命をつなぐためには要りません。そして人が「暮らし」と呼ぶとき指しているのは、たいていそちらのほうです。

一九五〇年の生活保護法は、この言葉を薄めずに引き継ぎました。第一条は、この法律が「日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き」、困窮の程度に応じた保護を行い、最低限度の生活を保障するとともに自立を助長することを目的とすると定めます。第三条は、その最低限度の生活を「健康で文化的な生活水準を維持することができるもの」でなければならないと定めます(生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)第一条・第三条)。憲法の形容詞が、そのまま制度の判定基準として生き残っている。福祉事務所の窓口で適用されているのは、口に出されないだけで、この基準です。

この条文は「押しつけ」ではない

戦後憲法は外から渡された完成品だ、という話は根強く残っています。少なくともこの条文について、その話は事実に反します。しかも記録は公開されています。

一九四五年十二月二十六日、憲法研究会という民間の集まりが「憲法草案要綱」を発表しました。高野岩三郎、鈴木安蔵、森戸辰男らが名を連ねています。その「国民権利義務」の項に、こうあります。「国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス」。二つあとの条には、老年や疾病その他の事情で働けなくなった場合に生活を保証される権利まで書かれていました(国立国会図書館「憲法草案要綱」全文)。

一九四六年二月のGHQ案には、この権利がありません。いまの第二項にあたる国の努力義務は政府案に入っていましたが、第一項、つまり人が持つ権利のほうは、その夏の衆議院・帝国憲法改正案委員小委員会(芦田均委員長)で、社会党側の提案として加えられました(日本経済新聞「GHQ案になかった憲法の社会権」)。小委員会は一九四六年七月二十五日から八月二十日まで十三回開かれています(国立国会図書館・詳細年表)。

文化的な生活についてのあの一文は、日本で考えられ、日本人の手で書かれ、日本の政党が動かして憲法に入りました。まっとうな生活保障を「外来の思想」として扱いたい人にとって、これは不都合な出自です。

裁判所は、この権利を小さくした

名前のある権利と勝てる権利が別だということは、一九五七年に国立岡山療養所で結核の療養をしていた朝日茂さんが、月六百円の日用品費をめぐって起こした訴えではっきりします。最高裁大法廷の判決は一九六七年五月二十四日。朝日さんは一九六四年二月十四日に亡くなっており、裁判所はまず、訴訟は死亡によって終了したと判断しました。そのうえで、言うべきことは言っています。二十五条一項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう国政を運営することを「国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない」。国民が現実に受けられるのは、厚生大臣が設定した保護基準による保護である、と(朝日訴訟上告審・最大判昭和42年5月24日、民集21巻5号1043頁)。

十五年後、最高裁は同じことを立法府についても述べました。障害福祉年金を受けていた視覚障害のある離婚母が、併給禁止を理由に児童扶養手当を受けられなかった堀木訴訟です。一九八二年七月七日の大法廷判決は、二十五条を受けて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は立法府の広い裁量にゆだねられており、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除いて、裁判所が審査判断するのに適しないとしました(堀木訴訟上告審・最大判昭和57年7月7日、昭和51年(行ツ)第30号)。

学説はこれをプログラム規定説と呼び、そのままでよいとは考えてきませんでした。ただ実務上の帰結は、争いようがありません。戦後の大半の時期において、文化的な最低限度の生活を求める権利は、その大きさを国自身が決める権利でした。

捕捉率という数字

二〇一〇年四月、厚生労働省は政府があまりやらないことをしました。自らの保護基準を下回りながら保護を受けていない世帯が、どれだけあるかを推計したのです。二つの全国調査の個票を特別集計し、「保護世帯比」という比率を出しました。基準以下の世帯と被保護世帯の合計に占める、被保護世帯の割合です。平成十九年の国民生活基礎調査では、所得だけで見た場合は一五・三%。貯蓄が最低生活費一か月分未満という資産要件まで課した場合は三二・一%でした。平成十六年の全国消費実態調査ではもっと高く、最も狭い基準で二九・六%と八七・四%になり、厚労省はこの開きを両調査の「統計のクセ」によるものと説明しています(厚生労働省「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」二〇一〇年四月九日)。

厚労省はこの数字に自ら注意書きを付けています。埋もれさせずに繰り返しておきます。統計からは不動産や自動車や貴金属の換金可能額は分からない。親族の扶養や稼働能力も分からない。そして生活保護は申請に基づく制度であるため、この比率は「申請の意思がありながら受給から漏れている世帯」の割合を表すものではない。控えめなほうの読み方を取るべき数字です。それでも、所得の把握について厚労省自身がより信頼できるとした調査では、基準の下にいる世帯の三分の二から六分の五が制度の外にいたことになります。

規模の感覚として。二〇二五年七月時点の被保護実人員は一,九九〇,〇九三人、被保護世帯は一,六四七,六一八世帯、保護率は人口の一・六一%です(厚生労働省「被保護者調査(令和七年七月分概数)」)。

保障の水準がどれだけ丁寧に書かれていても、そこに届かない世帯が多数を占めるなら、実際に効いている水準はもっと低いところにあります。

裁量にも外側の縁がある

二〇一三年八月から二〇一五年にかけて、国は生活扶助基準を段階的に、最大で約一〇%引き下げました。受給者は全国で三十一件の訴訟を起こしました。二〇二五年六月二十七日、最高裁第三小法廷はこの引き下げを違法と判断しました。理由は手続と方法にあります。引き下げの大部分を占めたデフレ調整が専門的知見との整合性を欠いており、厚生労働大臣の判断には裁量権の範囲の逸脱・濫用があって生活保護法に違反する、というものでした(日本経済新聞、二〇二五年六月二十七日)。

何が動いて、何が動かなかったかを見ておきたいと思います。最高裁は朝日訴訟も堀木訴訟も覆していません。二十五条から具体的な金額が直接導かれるとも言っていません。言ったのは、広い裁量であっても証拠にもとづいて行使されなければならない、そしてこの行使はそうではなかった、ということです。見出しより小さく、その分だけ長持ちする判断です。朝日さんが訴えてから六十八年目に、基準のほうが説明を求められました。

土台が先で、ものさしはあと

ここからは私たちの主張です。これは法律の話ではなく、文化の話です。社会は間違ったものを称えており、それは法律ではなく人の手で変えられる、と考えています。ただ、この種の主張には必ず危険がついてまわります。ものさしがお金であっても、それ以外であっても、危険は同じです。人の価値をはかる基準は、誰かの夕食がそれに懸かった瞬間に、強制に変わります。承認を生存に結びつければ、市場の規律を置き換えたことにはなりません。近所の人が運用する、不服申立てのきかない二つ目の規律を足しただけです。

これを解除できるのは、無条件の土台だけです。働けない人にも、いま働いていないだけの人にも、まっとうで文化的な暮らしが保障されているなら、称えることは称えることのままでいられます。自由に贈られ、断ることもできます。そこに込められた意味のほかに価値はありません。二十五条はこの線を正しい場所に引いています。最低限度の生活を保障する相手を「すべて国民」と書き、条文のどこにも就労を条件としていないからです。その源流にあたる一九四五年の草案要綱は、さらに踏み込んでいました。老年と疾病を、生活を保証されるべき理由として名指ししています。

これは、ケインズが開いたまま残した問いへの答えでもあります。「ケインズが約束したもの」で扱ったとおり、彼は経済問題が解決した先で人は何のために生きるのかと問いました。解決からこぼれ落ちる人が誰かは問いませんでした。二十五条はその二つ目の問いを立てる条文であり、日本自身の数字が、誰も見たがらない答えを出しています。

私たちが言い張っていないこと

日本の土台が手厚いという話をしているつもりはありません。引き上げが簡単だとも思っていません。二〇一〇年の推計についても、捕捉率の問題に決着をつけた資料としては扱えません。それを出した厚労省自身が、決着していないと書いているからです。承認のほうは、誰かが運用したり、点数をつけたり、給付に紐づけたりすることに私たちは反対します。憲法が失敗したという評価にも与しません。この条文に関しては、言葉のほうが予算よりよく持ちこたえました。

主張はもっと狭いものです。無条件に保障された、健康で文化的な最低限度の生活。それがあってはじめて、人生は何のためにあるのかという話をまっとうにできます。土台のないところで持ち出されたものさしは、私たちのものも含めて、人を選り分ける道具になります。

参考文献

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